絵日記

桜咲く 

息子が、志望高校に無事合格できました。
心配しましたが、本当によかったです。

入学までの手続きや支度があるので、↓更新少し遅れるかもしれません。

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宝塚DREAM FOREVER 3 

★星組トップスター時代

お話いただいた時は、ほんと、嬉しかったですよね・・・。
専科にいたときは、あまりそういう事思わないでおこうと思ってましたね。その組その組のトップさんが組を背負っている姿や、下級生は可愛いと思っていましたし、
とりあえず一つ一つ出来る事をやっていこうと思っていましたし、
何組でなれるとか、あまり想像してなかったですね、自分の中では。
なので、
あ、星組に帰るんだ・・・って。

改めて星組の皆さんをおとめで見た時に、あの頃お世話になったというか、一緒に舞台を作っていった先輩の皆さんがほとんど組替えせずに残っていてくださって、
お帰りって言ってくださったのが・・、あ。なんか嬉しくて涙出てきちゃったけれど(涙出てきてるわたるくん)、
あ、でも凄い嬉しかったのかもしれないです・・・(涙目で口をおさえるわたるくん・・)
あの時、旅をして大きくなって帰ってきたんだねって言っていただいて、あ、ほんとに星組でなれたことが、
今まで前向きに頑張って来て良かったなあって思いましたね・・・。
(なんか、今更ですけど、もらい泣き。よかったですよね。わたるくん。ファンもよかった~と、喜んだトップでしたけれど、ご本人がやはり一番。思ったとおりにはならないけれど、やったとおりにはなるでしたね)

「王家に捧ぐ歌」
歌稽古を皆、本を見て長いすに座って歌っているんですけれど、私が一幕のラスト歌っている場面があったんで、
衝動的似ですけれど譜面をはずして皆の方に向かって歌た時に、
皆さんが凄いものを送ってくれたというか、私が投げかけたものを投げ返してくれたというか、
あの空気感というか、答えてくれた皆様の想いというか気持ちというかあの雰囲気を感じて、
私はこの星組ですべてを出し切ろう!と。燃え尽きようっと。
この皆とやっていける。やっていこうと、思った時でしたね。

なかなか、特に初めましての皆さんも多かったですし、向こうからというのは難しいのかなと思いましたので、
稽古始まったら一ヶ月ちょっとで二つのミュージカルとショーをつくらなくちゃいけないんですよ。
そんなこまこましたことを考える暇はないので、どんどん自分から。
たまたま下級生の席に座ったら自分から話しかけたりして、デスカッションは自分からしてましたね。
そこに時間をいらないって。自分からいこうと。
一期一会というか、星組でもその時退団する人、組替えする人いたりして、ちょうと90周年の時は二番手さんがシャッフルしていろんな方出てくださったりして二度と同じメンバーで星組公演作れなくて、
どの作品も甲乙つけがたくて私の中では思い入れがあるんですけれど・・・。

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宝塚DREAM FOREVER 2 

↓の続きです。

★宙組時代

日本物とショーが結構なががった、80分くらいショーがあった記憶が。ゆでたこみたになってましたね。

筆獅子をさせていただく、筆獅子なので隈取をする、最後の桜の若衆には出られないって事だったんですよ。
でも、香盤表には出るとなっているんです。
隈取は是非してほしいということをいただいて、やはりあの時姿月さん、和央さん私というピラミッドの振り付けもついてしまってたんで、これはやるしかないと、
13分で化粧替えもして衣装替えもして、毎日スリルとサスペンスでしたが、あれを経験したら何も怖くなくなりました。

参加していたいタイプの私としては、そこに参加できたというのが、
宙と書かれた(おおぶりゼスチャー入りです!)記者会見に参加できて立ち会う事が出来て、初日に全員の名前を組長さんが呼んでくださって、
65年ぶりですってね、そこに立ち会えたのに感動してました。
青春だったなと、宙組時代。

上級生集まってといわれると、私達も!?と。
急に上級生になってしまったと。
作品に対してとか責任感が芽生えだした頃かなと。

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宝塚DREAM FOREVER 

上の娘の引越しや、下の息子の受験があり、随分遅くなってしまいました。
3月3日からタカラヅカスカイステージで放送されている「宝塚ドリームフォーエバー~100周年、そして輝ける未来へ~」のわたるくんの回です。
9人目の登場になります。

ナレーションは星組の天寿光希さん。

黒のカッコいい姿です。
経歴は今まで紹介されているとおり。長身を生かしたダイナミックなダンスや華やかな容姿と。
宙組専科を経て星組トップスターにと。
懐かしい舞台姿でつづられます。

まずは、宝塚時代の思い出やエピソードを話していただきましょう。

「私は、小学校5年生の夏休みに生の宝塚を観まして、入りたい!というその思いで駆け抜けた小学校、中学校時代でした。ずきゅん!と来たんでしょうね。
あの舞台に立ちたいという思いが、どん!と上から落ちてきたんでしょうね。私の心の中に。
受験の時に凄く仲のいい子がいたんですけれど、二次試験を宝塚に受けに来て合格発表をだらだらだら~と(巻紙が貼られる)出てきて、
私は中卒だったので最初に出てきて、彼女は高2だったのであとで名前が出てくるかなあと。
でも、なくて。一緒に手をつないで見ていたんですけれど、その手がふっと離れてその子はふっとその場を離れていくわけじゃないですか。その時の手の感覚がいまだに忘れられないというか、
彼女の分も頑張るというか。一緒に入りたかった。今でも思い出すと、ぐっと来ますね。
意外と順応性がある方だったのか、ホームシックにもかかる暇もなくのめりこんで、朝の掃除にも燃えて、
でも、最初夏休みに初めて実家に帰って入間市の駅に立って、母が迎えに来てくれているのを見たら、
うえ~~んって涙が出て、
夏休み明けは帰りたくなくて、皆で待ち合わせして集団帰宝したんですけどね。
あの音楽学校の1年、2年は今でも集まると思い出話に事欠かないくらい。
今でも基盤になっていると思いますね。」

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